秋の夜、月を見上げる「わたし」に、一人の男が声をかける。彼に誘われるがまま「わたし」はかつて線路だった真っ直ぐな夜道を、月の光を頼りに歩き始める。詩人はぽつりぽつりと、この街に伝わる「猫町」の伝説を語り出す。
曰く、この街のどこかには、使われなくなった線路があるという。夜ごと、その線路を歩き、異常を見回り続ける者たちがいるらしい。闇の中、その姿は青白く光り、まるで「青猫」のようだという。
詩人の声に耳を澄まし、足音にリズムを合わせるうち、いつしか「わたし」の視界は、彼のまなざしと重なりはじめる。誰のものとも知れない記憶や錯覚が現れ、人混みの中に、青白く光るものたちの気配が見えてくる。
それは、自分の意思で見ているものなのか。
それとも、知らぬ間に見せられているものなのか。
迷子になりそうな不安に包まれたその先で「わたし」たちは、不思議な駅へと辿り着く。階段を降りると、地下深くの古い線路の周りを、青く光る者たちが黙々と歩き続けていた。その姿はまるで、都会の影に潜む猫の群れ。その姿を見つめるうち、「わたし」は気づく。
「わたし」も彼らと同じように線路を歩き、同じ歩調で歩き、同じ方向へ進んできたことに。「わたし」もまた、気づかぬうちに、人間ならざるものたちの流れの中へと足を踏み入れていたのだった。
「見えないものが見えてくる」
都市型イマーシブシアター
原作について ── 詩人・萩原朔太郎と『猫町』
萩原朔太郎(1886–1942)は、『月に吠える』で知られる日本近代詩の父。晩年は世田谷代田——この公演の解散地点のすぐそば——で暮らしました。
朔太郎が『猫町』で描いたのは、異形の世界へ迷い込む恐怖ではなく、周囲と同じ方向へ歩き、気づかぬうちにその秩序の一部になってしまう——その静かな恐怖。本作はこの「無自覚の変容」を、AIやアルゴリズムに導かれ、知らぬ間に流されていく現代の日常と重ね合わせます。本当に変わっているのは街なのか、それともあなた自身なのか。
※本作は、萩原朔太郎の短編『猫町』(1935年)をオマージュしたオリジナル作品です。







